
市場構造シリーズ 第2回
バブルという異常な均衡
札束が飛び交った時代と、自己売買の魅力。
ブラックマンデーの混乱が収束すると、市場は再び熱を帯び始めた。
世の中は浮かれていた。まさに「札束が飛び交う」という表現がふさわしい時代だった。
場立ちとして現場に立ち続ける中で、私は自己売買という世界を知る。
他人の注文ではなく、自分の判断でポジションを持つ。
勝てば自分の力、負ければ自分の責任。
その明快さに強く惹かれた。
バブル期の市場は異常だった。
しかし、参加者の多くはそれを「異常」とは感じていない。
価格は上がり続け、資金は流入し続ける。
誰もが「まだ終わらない」と信じていた。
ここに一つの構造がある。
上昇が続くことで、リスク感覚は鈍る。
価格上昇そのものが正当化材料となり、
疑問を持つ者は市場から排除される。
それでも私は、自己研鑽を続けた。
数字を追い、板を読み、値動きの癖を探る。
そして念願のディーラーとなる。
バブルは熱狂だったが、
私にとっては「構造を学ぶ期間」でもあった。
市場は感情で動く。
だが感情が連鎖する背景には、必ず資金循環という構造がある。